日本の医療ツーリズムの課題:伸び悩む外国人患者受入数と解決策

日本政府は「明日の日本を支える観光ビジョン」において、2030 年には 6,000 万人の訪日外国人旅行者数 を目標として観光先進国の実現を目指し、年間50万人の外国人患者受け入れを目標に掲げています。しかし、2023年度の医療滞在ビザ(最大6ヶ月まで日本滞在可能だが、90日を超える場合は入院が前提)の発給数は2,295件に留まり観光ビザを利用した医療渡航を含めても数万人程度と推測されています。この数字は、アジア地域で医療ツーリズムの市場が拡大しているタイ(年間350万人)や韓国(年間60万人)と比較して大きく後れを取っています。この記事では、日本の受診患者数の伸び悩みの原因と、その解決策の提案について説明します。

受入患者数の伸び悩みの原因

低迷の主な背景には「質とコストのミスマッチ」の存在が推測されます。例えば、心臓バイパス手術の費用は日本とタイを比較した場合は3倍の差があり、日本の医療の質の高さを付加価値と感じていない患者はタイを選択しやすくなります。医療の質については、国や疾患によっても異なるものの、例えば日本は胃がんの5年生存率71.5%と世界最高水準を維持しており、技術力では優位性があります。
しかしながら、価格も質も高いという点から、価格を重視する層には選ばれにくい構造です。

価格以外の受入れ低迷の根本原因としては、日本が単一民族であることに起因する言語や文化の障壁、申請の認定に時間の掛かる滞在ビザの申請、医療機関での外国人に対する不慣れな対応の3点が挙げられます。

1. 言語や文化に起因する医療機関での対応

厚生労働省の2019年調査によると、外国人患者を受け入れた経験のある医療機関のうち、通訳体制が整備されていると回答したのは約3割でした。受診に関わる書類の翻訳や通訳が整備されていない点は、英語を含む複数の言語を公用語とする国や言語の整備ができている国と比較すると医療ツーリズムにおいて日本が劣る点とみなされやすくなります。

また、言語だけでなく、文化が異なることに起因した宗教的な食事制限や診療時の男女別対応など、文化的背景に沿った特別配慮が必要となる場合もあります。例えば、イスラム教では豚肉が食べられないことや、毎日のお祈りの時間があることなどが挙げられます。しかしながら、日本ではこのような患者の習慣や特別対応に慣れていないこともあり、患者側の指摘として配慮が不足していたとされた例が43%の施設で報告されています。

2. 制度面の非効率性

日本の公的医療保険制度は「国民皆保険」を前提として設計されており、自由診療の価格設定においては、医療機関ごとに異なります。またその価格の理由が曖昧である点が不信感を持たれる原因となっています。例えば、ある抗がん剤の1回分治療費は国内患者向けには18万円なのに対し、外国人患者には50万円を請求しているケースが見られました。この価格差と、価格差に対する明確な説明が医療機関でなされていないことが、外国人患者から不信を持たれ敬遠される一因となっています。このことから、治療前に必要な費用の提示や、日本国民向けの国民皆保険適用とそうでないケースの費用の説明を医療機関で行い、外国人患者が納得して治療を受けることが重要です。

また、医療滞在ビザの申請には平均28日を要し、韓国(3日)やシンガポール(7日)と比較して遅れが目立ちます(観光庁, 2023)。さらに海外保険の直接清算に対応できる施設は全体の15%に留まり、現金精算を迫られる患者の不満が増加しています。医療費の未払問題と併せて、支払いに関する部分に問題が生じないよう、治療の前の前払金(デポジット)での支払い、旅行保険の扱いや、クレジットカード決済適用など、前払いが難し場合の患者への受入拒否など、医療機関側で未払を生じさせない仕組みの設計が必要です。

3. 医療機関側での初期対応コスト

多くの医療機関では患者として訪れる人の大半が日本人であることから、時々来院する外国人の対応に不慣れなことが多く医療現場側での外国人の対応に伴うコスト増加が指摘されています。

例えば、東京のある総合病院では、外国人患者1人あたりの問診時間が日本人の3倍の平均40分かかり、通訳手配や書類作成に追加で1.5人時の事務作業が必要です。これにより、年間300人の受け入れで約2,400万円の人件費増が発生しています。この追加コストは、特に中小病院にとっては採算割れのリスクが懸念材料となっています。

単一民族である日本ではこれまで患者の大半が日本人だったこともあり、多くの医療機関が言語や文化の異なる外国人への対応に、これまでの日本人へは当たり前だった対応が通じない点にスタッフが難しさを感じているケースも多く見られます。実際に外国人の受入を進める場合には書類の翻訳、通訳の確保といった言語対応以外に、スタッフのトレーニングを行うなどの外国人の対応への準備が必要です。一方で、医療機関によっては年間で受け入れる外国人患者数が少ない場合もあり、スタッフへの負担を減らす目的から、受入前の対応業務を外部委託してしている場合もあります。

医療インバウンドの目的再考:量から質への転換

このような背景から、従来の「患者数増加」に焦点を当てた戦略を見直し、高付加価値医療に特化した戦略が急務です。日本が国外に訴求できる、優位性を持った分野として以下の3つの可能性が考えられます。

これらの分野では、日本の技術優位性を活かしたプレミアム価格設定が可能です。例えば、東京大学医学部附属病院の先進医療プログラムは1件あたり平均850万円の収益を上げており(同病院年次報告, 2023)、量より質を重視するモデルの有効性を示しています。

課題解決への具体的提案

1. 初期対応の外部委託システム

横浜市立大学附属病院では、受付・通訳・保険手続きを専門業者に委託した結果、スタッフの負担が63%減少し、年間受け入れ可能患者数が2.8倍に増加しました(同病院ケーススタディ, 2023)。このモデルを全国展開するため、厚生労働省は2024年度から「医療通訳プラットフォーム整備補助金」を創設し、委託費用の最大50%を補助を開始しました。

2. デジタル技術の活用

AI通訳システムを導入した聖路加国際病院では、英語・中国語・アラビア語対応可能なタブレット端末を配置し、問診時間を平均15分短縮することに成功しています(同病院レポート, 2024)。

3. 地域連携モデルの構築

大分県別府市では、温泉療養施設と連携した「治療+保養パッケージ」を開発。術後リハビリテーションを兼ねた温泉利用により、平均滞在日数を7日から14日に延長し、地域経済への波及効果は年間12億円に達しました(大分県観光局, 2023)。

今後の展望

このような背景の中、日本の医療ツーリズムが持続的に成長するためにはいくつかの方法が考えられます。例えば、厚生労働省は外国人患者が受診できる医療機関を増やす対策として、JCI(国際病院評価機構)認証の加速し、現在の26施設から2030年までに100施設へ拡大を目指すとしています。また、危機管理基準の国際標準の設定として、医療事故時の補償制度を自国独自の制度を適用するのではなく受診で訪れる観光客の多い、ASEAN諸国と連携してわかりやすくするといったことも考えられます。

また、外国人が医療ツーリズムの渡航先として日本を検討するにあたっては、自国で受診するのと同等または高額な受診料に見合った医療の質を訴求することは不可欠です。さらに、受診者が医療機関でストレスなく過ごすことができる対策も重要です。そのためには、日本が得意とするホスピタリティーといった点以外に、言語対応、患者の文化的、宗教的背景に配慮したスタッフの育成も必要となります。

これらの施策により、日本は「アジアのメディカルハブ」としての地位を確立できる可能性があります。鍵となるのは、量の追求ではなく技術革新と患者体験の最適化を通じた差別化戦略によって、日本の医療の質をアピールしていくことです。

参考文献

JETRO. (2024). 医療ツーリズム市場分析レポート.
厚生労働省. (2024). 外国人患者受入れに関する実態調査.
日本政策投資銀行. (2023). 医療インバウンドの経済効果推計.
Medical Excellence JAPAN. (2024). JCI認証病院一覧.
国立がん研究センター. (2023). 超早期がん検診の有効性に関する研究報告書.

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